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スカラ座

◆文通と名曲喫茶
マッチインターネットどころがパソコン通信も普及していないころは、見たこともない遠くの異性・同性とコンタクトをとるには「文通」という手段しかなかった。雑誌の読者欄には文通コーナーというのが設けられていて、「山本リンダファンのかた文通しよう」だの、「宇宙の神秘に興味あるかたと」なんてメッセージが掲載されていたわけだ。コーナーはたいてい「男性」「女性」「どなたでも」と分類されていた。女性が女性と文通するのはわかるが、明らかに男名前のメッセージで「お近くのかた、男性女性問わず文通しよう」なんてメッセージ、おめーの下心を誰が信じるかい!
でボクも高校生のころ、文通をしていたわけで最初はコクヨの便箋に書いていたのだけど、だんだんエスカレートして丸善のオリジナル便箋の●●番(失念)を買ってくるとか、封皮をロウで封緘するとか、いろいろ凝っていたのだ。一遍に3人も4人も文通相手がいると、一人に10枚くらい書いていたので毎日が忙しい。手書きだからカット&ペーストなんかできないし、同じ日常のできごとを書くにしても、そのころから小さく燃えていた作家魂で、それぞれ違う描写をしてしまうわけだ。毎日、短編小説を書いているようなワケで、勉強しているヒマがない。

文通のことばかり書いてなかなか名曲喫茶にたどりつけなくて申し訳ない。もうちょっとでたどりつくからお待ちあれ。

で、女子高生に手紙を書いているとウチは狭い平屋建てだったから子ども部屋もなく、いつ、親が背後から忍び寄ってくるかわからない。「貴女の実生活に白樺派の思索をアウフヘーベンさせることに僕は共感を禁じ得ない」なんて背伸びして書いている文面をみられたら、とってもとっても恥ずかしいわけだ。
そのころ(昭和55年)御茶ノ水駅前には名曲喫茶があった。「丘」、「ウイーン」のうち「ウイーン」という中世欧州の王城のような建物が気にいっていて、学校をサボるときは千葉の稲毛から総武線に乗って、「丘」でモーニングを食べていた。
誰に教わったのか、自分で発見したのかはわからないが、名曲喫茶が自分にとって落ちつく場所であることを発見していた。薄暗い照明にバロック音楽を中心としたクラシック音楽。木製の床に木製のテーブルと椅子なので、客の出入りで床を叩く音も、椅子をひいて床に擦れる音も柔らかい。茶色いベロアのふかふか椅子と白いリネンは物思いに更けるには最高である。そして他の喫茶店と違って客席も多く(丘は3階建てだった気がする)、長い時間いても大丈夫である。高校生はお金がないのでその点が助かった。いや平気といっても店の人に確認したわけではない。しかし朝9時から昼1時過ぎまでいても一度も咎められたことはない。ここでゆっくりと文通相手に手紙を書いているのが幸せな時間であった。
「いま、僕は東京の名曲喫茶に来て手紙を書いています。ショートピースのバージニアの香りが心地よいです。そちらはもう雪を見ましたか?」なんて書いちゃうワケよ。ぎゃはははは!
僕にとって名曲喫茶は、都会の喧騒のなかで唯一安心出来る「羊水」だったのです。

スカラ座 看板

◆消えるスカラ座

スカラ座

いつのまにか丘もウイーンもなくなり、西神田の「白十字」や神田松栄亭近くの「ショパン」や銀座「らんぶる」にいくようになったが、新宿の「スカラ座」をいつ知ったかはわからない。たぶん、名物「ソイ丼」を食べるために「つるかめ食堂」に行き、そのまん前に立っているツタのからまるスカラ座が目に入ったのではアルマイト。いや、あるまいか。

スカラ座

椿姫のマッチ図案がレトロで、いっぺんで僕はスカラ座ファンになった。半地下には暖炉があったかと思うのだが、いつも中2階に通されてしまい座ったことは一度くらいしかない。小学校の木造校舎や昔のバスの床を思わせる木の床はいつも掃除が行き届いている。どのウエイター・ウエイトレスさんも落ち着いた仕草で、そんなところもいつ行っても安心できる気持ちが落ち着く喫茶店である。渋谷のライオンは一人客が名曲に耳を傾けているので、会話禁止ではないが憚れるところがある。しかしスカラ座はハコが大きいのでよっぽど大声を出さない限り会話していても迷惑にならないのだ。

中2階左手

僕は窓側が好きなので、中2階左手に坐ることが多い。窓からとなりの「王城」が見える。一時テレクラになっていたが、その前は確かここも名曲喫茶の時代があったのではなかったか。

椅子昭和29年にスカラ座はオープン、ミラノのスカラ座から名前をとったそうだ。シャンデリアも欧州から輸入した家具も当時のままだという。11月下旬に行ったときにはクリスマス仕様の飾り付けがなされていた。赤いビロードに白いリネンがかかる椅子がレトロな名曲喫茶感をかもし出している。白いリネンは昔はポマードを付けた男性が多かったから椅子に油染みがつくのを防いでいたのではないだろうか。観光バスや新幹線の座席もそうである。

肉厚のカップ

スカラ座の珈琲は苦みがうまい。炭火焼珈琲がいっとき流行したが、ここはその前から炭火焙煎を謳っていたのではなかったか。しかも肉厚のカップがまたいいんです。食べ物は味だけでなく、唇へあたったときの感覚、のどごしなどの触感も大事だと思う。珈琲は厚手で、紅茶は薄手で、これ実感。あとスカラ座には「ミルクサイダー」というメニュー、それからジンジャエールと何かをブレンドした、変わり種のソフトドリンクのメニューがある。珈琲は700円だけど17時までは500円だ。
会計伝票の裏会計伝票の裏にはマルシンハンバーグの「ミミちゃん」か森永ホモ牛乳の「ホモちゃん」のようなウエイトレスが描かれている。こいつもなかなかカワイイ。
レトロ界では「スカラ座が閉店する」というウワサが駆け巡って衝撃を与えているが、ホントに今年12月で閉店するようだ。歌声喫茶カチューシャも昨年閉店したし、21世紀はレトロ好きにとっては昭和30年代が消える時代となりましたなあ。

マッチ箱

【了】:書きおろし

●スカラ座案内【閉店】※データは当時のもの
新宿区歌舞伎町1-14-1
03-3200-3320
10:00~17:00までは
コーヒー500円(通常700円)

もっと読みたい人へ 『純喫茶・白鳥』のメニュー

   
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Author


    串間 努 -Tsutomu Kushima-
    昭和B級文化を記録したミニコミ雑誌『日曜研究家』が話題となり、執筆活動等マルチに活躍する昭和レトロ文化研究の第一人者。 現在もミニコミ誌『旅と趣味』『昭和レトロ学研究』を発行、精力的な大衆文化の記録・収集を続けている。

    旧サイト連載:
    日曜研究家チャンネル
    レトロおじ散歩
    涙と怒りの「まぼろし通販百科」
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