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「ふろくの花園」タイトル

加藤真名
2.『りぼん』『なかよし』が生まれた時代


 「ふろくがついている少女雑誌といえば?」と尋ねられたとします。一番に思いつくのはどの雑誌ですか?
 『りぼん』(集英社)と『なかよし』(講談社)、この誌名を頭に浮かべた方が多いのではないでしょうか。現在でも発行されているこのニ誌は、いったいいつからあるのでしょう?

『なかよし』と『りぼん』

 先に登場したのは『なかよし』のほう。創刊は昭和30年1月号、発売は昭和29年12月と思われます。創刊号のふろくは4つ。

・名作まんが物語 家なきおどり子
・歌の花かご(歌集)
・なかよしカレンダー
・うらないブック

 『りぼん』の創刊はそれから少し遅れます。昭和30年9月号で発売は8月、ふろくは別冊が2点でした。

・まんが こっくりさん
・えばなし イソップ

 再来年、2005年には両誌とも創刊50周年を迎えることになります。半世紀にもわたって少女たちによりそいながら、時代の移り変わりを見つめてきたのですね。

 『なかよし』創刊号の価格は110円。昭和値段史年表(朝日新聞社発行)によると、昭和29年の映画館入場料が100円とのことなので、映画を一回観るのと同じぐらいのお金で雑誌とふろくの両方を楽しむことができました。こう書いてしまうと一見ものすごくお得な感じがするのですが、よく考えてみると現在の『なかよし』は400円強、小学生の映画料金はほとんどが1,000円。当時の雑誌が高価だったのか、現在の映画が高価なのか。貨幣価値というものがよくわからなくなってきます。また、昭和30年はあんみつ一杯50円、カレーライス一杯100円だったそうです。参考までに。

 初めて両誌の創刊当初の号を手に取ったとき、まずビックリしたのが「表紙が漫画の絵じゃない」ことでした。松島トモ子さんや小鳩くるみさんといった当時の人気子役が表紙を飾っていたのです。昭和40年代半ばごろの号まで「少女漫画」だけの表紙には、なかなかお目にかかれませんでした。内容も漫画が少なく、勝山ひろし先生ほかの美しい挿絵に彩られた「絵物語」が幅をきかせ、巻頭には前述の人気子役たちのグラビアページ。松島トモ子さんといえば、ミネラル麦茶のCMやライオンに噛まれたといった印象が強いだけに、昔からこんなに活躍していたとは知りませんでした。

なかよし二月号おしらせ

 これだけではありません。おしゃれアドバイスや料理・手芸レッスンはまだいいとして、欄外ハシラの「新聞紙の対角線は1mなので、ものさしがわりに使えるよ」といった豆知識や、習字・作文教室、さらには親からの相談に答えるコーナーまでも。昭和50年代以降の号が基準となっている私にとって、『りぼん』『なかよし』は漫画雑誌以外の何物でもなかったのでページをめくるたびに驚きと感嘆の連続、まさに「トリビアの泉」でいうところの「へぇ〜」ボタン連打状態でした。当時の両誌は漫画雑誌ではなく、少女向けの総合情報誌としての役割を果たしていたのでしょうね。

りぼんのクリスマス・プレゼント

 『りぼん』『なかよし』だけでなく、両誌の創刊以前にももちろん、ふろくつきの少女雑誌は存在していました。
 日本で初めての少女雑誌は明治35年創刊の『少女界』(金港堂)で、正月号には双六がふろくとなったそうです。それ以降『少女の友』(実業之日本社 明治41年〜)『少女倶楽部(クラブ)』(講談社 大正12年〜)『少女』(光文社 昭和24年〜)『少女ブック』(集英社 昭和26年〜)にも、別冊や文房具、おしゃれ小物などのふろくがついていましたが、いずれも昭和30年代の終わりまでに姿を消してしまいました。そして昭和40年代を迎えるころになると、少女雑誌のふろくは『なかよし』『りぼん』のニ誌にしばらくの間託されることになるのです。

 今回は雑誌のことばかりになってしまいましたが、次回からは昭和30〜40年代のふろくについて。


2003年7月1日更新
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1.ふろくって何?


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