さえきあすか
その3 自転車の銘板「進出」の巻
私はよく「マイナー趣味」といわれます。
「もっと、人が欲しがるモノを買わないとダメだぞ」なんて、骨董屋さんにいわれたりして。
今回ご紹介するモノもそう。自分でいうのもなんですが、なんて渋いのかしら。
これは何かわかりますか?
昔の自転車のフレームについていた銘板です。結構、私的には珍しいと思うのです……。それに、探してみるとなかなか見つからないモノだと思います。
これも前回と同様に未使用で状態がよく、嬉しい出会いでした。恐らくメーカーのデッドストックなのでしょう。銘板だけでなく、風きりやサドル、ベルなど、さまざまな自転車の部品がでたのです。昔の自転車は地方の小さなメーカーでも生産されていたそうですから、銘板も新旧さまざまな種類があったのですが、よくよく見てみると、キラリと輝く戦前のモノと思わしき銘板……。その中の1つが、この「進出」です。
赤い太陽か、はたまた日の丸を背にし、そびえたつ銀色の富士山には、中央に「進出」という文字が金色で差されています。高さが4センチというコンパクトな中に、見事なまでに演出された世界観というか、昭和戦前の世相を表現した絵柄です。その歴史の是非はともかく、重厚感あふれるプレートだと思います。材質は真鍮のようで、裏側からプレスで絵柄を押し出し、丸いパイプのフレームに取り付けるために全体が湾曲していますから、なおのこと富士山が飛び出して見えます。「昔のモノって凝っているし、わかりやすいよなぁ」と、しみじみ思わされた一品なのです。
自転車といえば、母親の実家が自転車屋さんだったので、乗るのは得意です。残念ながら最近は少々体力が落ちましたが、かなり長時間乗っていても平気ですし、坂道もガシガシと登っていました(なので足が太いといっている)。東京のように人も車も多いところで乗るには、ちょっと楽しくありませんが、適度に空いていて、交通も不便な私の故郷のようなところでは、一番便利で好きな乗り物なのです。
山崎幹夫さんが書かれた『缶コーヒー風景論』(洋泉社)の中の彼自身のように、缶コーヒーを求めて自転車でさまようではありませんが、少しずつ変化している故郷の町を路地から路地へ。自転車に乗ってゆっくりと眺めては、懐かしい気持ちになって、喜んでいるのでした。
そんな得意な自転車ですが、最初からうまくバランスをとって乗るのは難しいですよね。母親に後ろを持ってもらい、毎日夕方特訓して覚えたっけ。考えてみると、昔の人は着物姿でしたから、余計に大変だったのではないでしょうか。けれど、普段の生活の中で歩くことしか手段がなかったのが、自転車という最新の足で、自分の思うように進むことができ、世界を広げられたのは、さぞかし感動があったのではないかと思うのです。
今の私は当時とは逆に、交通手段が発達しすぎているので、よく歩きます。港区の新橋から千代田区の神保町までとか、後楽園から池袋とか。思うに、なんでもかんでもありすぎると当たり前になりすぎて、考えが一定方向に片寄りがちになってしまうのです。なので、あくまで私の場合ですが、不便を楽しむという余裕を持ちたいと、つねづね思っています。そして「青くさい」といわれようと、どんな小さなモノにも、よかれと願った思い、メッセージを含ませて形にした、この小さな自転車の銘板を、たのもしく、愛しく眺めているのです。
2002年6月20日更新
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