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イラスト・もりたあゆむ

レ ト ロ ス ポ ッ ト ガ イ ド 「 ま ぼ ろ し 酒 場 」

古い酒場が好きだ。
戦後、昭和20年代、30年代から続いているような居酒屋やバー。
10年前も20年前も、今と同じように男達が飲んでいたんだろうなと思えるような店。
建物も内装もメニューも古ければ古いほど良い。
酔いが進むと、もうそこはトワイライトゾーン。
時間も時代も忘れて"いいかんじ"にできあがってしまう。
こうした店を「まぼろし酒場」と名付けてみた。


第1回「赤羽 まるます家」

 東京の下町は「まぼろし酒場」の宝庫だ。北千住の「おおはし」、十条の「斉藤酒場」、大塚の「江戸一」、月島の「岸田屋」などなど、週末ごとに遠征する先にはことかかない。そんな酒場巡りのきっかけになった赤羽「まるます家」を紹介したい。

 休暇を利用して、平日夕方早くに来てみた。赤羽までは新宿から埼京線で約13分。赤羽駅の東口を出ると、「一番街」というアーケード街が見える。八百屋、おもちゃ屋、薬局、乾物店を横目で見ながら、100メートルほど歩くと、夕方の買物客でにぎわうスーパーが見える。その向いが「まるます家」だ。

まるます家

 木造モルタルの二階建て。「創業50年 鯉とうなぎの、まるます家」という大きなトタン看板がかかっている。両側の通りに面してふたつの入り口があり、その間が鰻の焼き場&お持ち帰り売り場になっている。開放的なつくりで、店の中が良く見える。屋台のような気安さだ。平日5時だというのに、もう7割型埋まっている。いい感じに出来上がった常連風のおじいさんが、なごり惜し気に店から出てきた。なにしろ朝9時からやっているのだ。客の出足も早い。
 店の中は、コの字の大きなカウンターがふたつ、小さなテーブル席が3つで40人は座れる。さらに二階もあって、こちらはお座敷席。4人以上ならこちらの席だが、この店の魅力を味わうならやはり一階のカウンターにしたい。一人か二人で行くことをオススメする。

 いわゆる名酒や地酒の類いは置いていない。ビールは瓶、生、黒ビールにギネス。日本酒は富久娘と金升。あとはチューハイ/サワー類にウィスキー、ワイン。食べ物のメニューは多い。定番のメニューが100品弱。それに刺身や「松茸土瓶蒸し」など季節ものが20品程度。短冊が店の両側の壁と厨房前に隙間なく貼られている。
 居酒屋の名店というと、たいてい名物メニューがある。だがこの店にそれはない。強いてあげれば看板の「うなぎの肝焼き」、「白焼き」、「鯉こく」のあたりか。だからいつも迷ってしまう。今日は「もずく酢」と「イカフライ」にしようか。

 カウンターの中には、おばちゃんがいつも数名テキパキと注文をさばいている。みんな江戸っ子の女将さん風で、元気が良く客あしらいも上手だ。常連客がほとんどだろうが、顔見知りの客と話し込むこともなく、注文しようと顔をあげると、さっと気がついて目をあわせてくれる。
「貴乃花が勝ちました〜」
「今日も一日おつかれさまでした」
「はい四名様、お二階。階段気をつけて〜」と、ざわざわとした活気が心地よい。なにしろ創業は昭和25年。戦後のやみ市時代から高度成長へと移り変わる時からの、右肩上がりの時代の活気が染み込んだ店なのだ。もう数十回は来ていると思うが、たちの悪い酔っ払いを見たことがない。いつも混んでいるが、待たされることも少ない。長い年月をかけた理想的な店とお客の関係を感じる。

 そんな素晴らしい店なのだが、この店は紹介する人を選ぶ店だ。「赤羽に朝9時からやっている面白い飲み屋がある」というと、余程の酒好きでも怪訝そうな顔をする。
「朝から酒って、そんな不謹慎な…」
「誰が行くのよ。アル中の巣窟?…」
 そんな普通の人が感じる戸惑いと、この店の居心地の良さとを描いた漫画がある。「孤独のグルメ」(原作:久住昌之 画:谷口ジロー 扶桑社文庫)の中の一話。「北区赤羽の鰻丼」というエピソードだ。主人公は酒の飲めないB級グルメの中年雑貨商人。早朝、赤羽に納品にきた彼が、朝飯を求めてぶらついて、この居酒屋を発見する。
「食事もできますか?」
「ウチはなんでもおいしいよ」
 ライスと組み合わせれば、100品前後のつまみメニューは、どれもおかずに最適だ。だが、次々と来店する常連らしき人々がビールやサワーを頼むのを見て、彼は戸惑う。
「いったいこの人たちは何者?夜警にもタクシー運転手にも見えないし…」
「あっちの湯豆腐と日本酒の中年男女はどういう関係だ?水商売でもなさそうだが…」
 しきりに詮索するが、何時の間にか、店の心地よい空気に浸って、満足して帰宅する。

 漫画のストーリー通り、この店は普通の酒好きが朝から気持ちよく飲める店だ。先代の御主人が勤めていた会社の倒産をきっかけに「好きな酒を朝から飲める店を」との想いで開店したとのことらしい。昼間から飲む男に世間は冷たい。が、この店ではそんな後ろめたさを忘れ、何時でも気持ちよく飲める雰囲気がある。「好きこそものの上手なれ」だ。見事な店づくりをした先代に酒飲みを代表して、いつか墓前に花でも備えたいと思う。


 お店は月曜日が休み。日曜日も営業している。営業は朝9時から夕方9時半頃まで。
 メニューは、鯉こく350円、まぐろ丼700円、うな丼750円、中トロ800円など。

文:原ノリオ


2003年1月8日放送開始
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