串間努
第3回「何のためにあったか「腰洗い槽」」の巻
小学生のころ、どの季節が楽しいかっていわれたら断然、夏でした。夏祭りには夜店がいっぱいくるし、夏休みはあるし、休み前には短縮授業。そしてなんといっても体育の時間がプールになる。プール授業は、ほとんど遊びの時間と変わらなかったので、ホント、学校にいくのが楽しくて楽しくてたまらない。ロクに泳げなかった私でさえそうなのだから、泳ぎ自慢の子の得意さといったらない。照明がない暗い更衣室で、バスタオルを腰に巻きつけながら、海水パンツに着替える。まず、シャワーを浴び、続いて「腰洗い槽」と「足洗い槽」に入る。淡水プールなのに、「海水パンツ」で、コンクリート製なのに「槽」というのはだいぶ矛盾だが、まあ仕方がない。
コンクリで出来た腰洗い槽は、実は結構アブナイ施設だった。ほんの少ししか水が張ってないものだから、あわててザブンと浸かると背中をザラザラのコンクリで擦ってケガをした。子どものころ、このヘンテコな水風呂に入る意味は知らなかったが、学校プールの衛生上、重要な施設らしい。
この水槽には、消毒のためプールそのものの二五〇倍も濃い残留塩素が入っている。プール本体は0.4PPM以上1PPM以下の残留塩素が義務つけられているが、細菌は0.4PPMの濃度があれば三〇秒以内に死滅する。それなのになぜ高濃度の腰洗い槽が必要なのか。
実は昭和三〇年代のプールは水の入れ換えをあまりしていなかった。汗や小便で汚れた水は最初に入れた塩素だけでは消毒しきれない。そのため雑菌が増える。昭和三二年には岐阜県の大垣市では結膜炎が多くなり、さらには「プール熱(咽頭結膜熱)」と呼ばれた。プール熱はアデノウイルスが引き起こすが、このウイルスを殺菌するため、岐阜薬科大が高濃度の塩素を入れた腰洗い槽を発明した。文部省はこの実験結果をもとにプールの衛生設備として全国に建設を推進、昭和三〇年代後半にかけて広まっていったのだった。 現在では腰洗い槽があってもなくてもプール熱が流行ることが経験則からわかっているし、プールの水も適度に浄化されている現状がある。そこで、アトピーなどを引き起こす原因となる腰洗い槽不要論がでてきているが、一度建設したものはなかなか撤去できないようだ。文部科学省の通達では校長の裁量にまかすことになったが、判断をまかされた校長も困惑顔。いまや腰洗い槽が必要なほど衛生環境がひどいプールは存在しないというのに……。
それにしてもプールに入るのが、なんであんなに嬉しかったんだろう……。
●「はるか」2001年8月号を改稿
2002年8月16日更新
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