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「雑貨店」タイトル串間努

第8回「お菓子販売台、回転す。」の巻


【教えてください!】

 遠足のおやつは300円までと決められていた。
 上限がないと貧富の差が出てきて、教育の現場にふさわしくないからだろう。
 私たちは300円という予算内で、どう最大限の効果を挙げるかを一生懸命考えた。費用対効果をよりよくしたい。「東鳩キャラメルコーン100円」「カバヤジューC30円」「森永スピン50円」「明治コーヒーピート50円」ううむ、もう230円ではないか(昭和44年頃換算)!
 そこで登場するのが駄菓子屋である。「グリコがっちり買いまショー」(表記あっているか自信なし)で、「グリコワンタッチカレー」を10万円、5万円の買い物の微調整に使ったように、細かい値段の駄菓子で300円に近づけるのだ。オーバーしてもいけないし、足りないと損だ。
 マルカワのイチゴマーブルガムは5円だったし、ココアシガレットは10円。100円あれば相当の種類が見込めた。駄菓子菓子、いや、だがしかし、それらはやはり駄菓子であって本当は明治やロッテなどメジャーなメーカーのお菓子を持って行きたい。そこで登場するのが菓子の量り売りをする回転台である。

森永「ピースレモン」

駅ビルの地下で回っていた台

 昭和44年頃、私の家には内風呂が無く、銭湯を利用していた。近くにいくらでもあったのになぜか、母親の実家の近くの銭湯まで、わざわざバスに乗って出かけていた。その帰りにラーメンを食べたり、千葉の駅ビルで買い物をするのがとても楽しみであった。地下食料品売り場には、名店街が並び、奥にはお菓子バイキング用の台が、メリーゴーランドのように、ゆっくりとゆっくりと回転していた。台は扇型の放射状に仕切られ、ロッテチョコリエールやライオネスコーヒーキャンディなどの飴や、ゴム玉に入った水ようかんなどの和菓子がバラで盛ってあり、好きな物を好きなだけ買えた。真ん中には青いザルが置いてあり、(そういえば昔のプラスチックのザルや三角コーナーは青色が多かった)そのザルの中に自分が好きなお菓子を取る。確か100グラム300円の量り売りであった。あんたグルグル回る必要があるかい? と問われれば「いえ、特にありません」という気もするのだが、子どもにとってはやはり回らないよりは、回った方が断然イイ。
 一体どこのどなたがこんなすばらしい方法を考えたのだろう。

森永「ハイクラウン」

「バイキングをヒントにしました」

 この機械、正式名称は特になく、社内的には「ラウンド什器」と称しているという。開発したのは、名古屋に本社を置く、株式会社MのK会長。
 氏がヨーロッパに旅行した際、お菓子を台に並べて販売しているのを目撃した。お客さんはその前に立ち、順番に横にずれては好きなものを買っている。
 「台そのものをグルグル回転させれば、お菓子が自分の目の前にくるから楽になるのでは?」
 そう思い付いた氏は1959年(昭和34)に「ラウンド什器」を開発したというから歴史は古い。
 「初めて設置したのは、大阪・心斎橋大丸、阪急本店、名古屋・名鉄百貨店の三カ所です」(M社)それが段々地方デパートまでに広がってきた。千葉にも当然上陸し私たちの人気を集めたみたいだ。
 1900年(明治33年)創業の同社は、もともと「松風」というお菓子を製造しており、後に菓子問屋となる。そしてデパートへの納品に注力していた時期であった。
 ラウンド菓子は、デパート側が売ってるのではなく、M社が売り場を借りて、売り上げの一部を払うという委託販売の形をとり、機械は自費で持ち込んでの販売だ。売り子の方たちも原則として自社の女子販売員である。
 一部、大手メーカーの商品も入れているが、中に入れている菓子は「バラエティ100」という自社開発商品が中心だ。
 売り上げは昭和何年がピークということもなく、登場以来、右肩上がりのグラフであるという。
 「好きなものを好きなだけ選んでいただくことで、お客様にリッチな気持ちになってただきたい」と言うM社のモットーにより、小学生から老人まで幅広い年齢層に支持されている。
 名古屋には「嫁入り菓子」といってあらかじめいろいろな菓子を袋に詰めて配るという風習がある。こういうお菓子のセットものがあるという土壌も、袋菓子をバラバラにして、好きなものだけに再構成するという発想の根底にあるのかも知れない。
 デパートの屋上にあったメリーゴーランドや回転レストランは消えていってしまったが、地下にあるそれはいつまでも回っていて欲しい。と、つくづく思うのである。

フジタ「フランスキャラメル」

フジタ「フランスキャラメル」

「教員養成セミナー」を改稿

【教えてください!】

いまも関東以北には少し残っていますが、昭和40年代のデパートの地下などによくあった、小さなカステラまんじゅうにデパートの焼き印などを押して売っているおまんじゅう「都まんじゅう」の機械製造メーカーを知っておられるかたはおりませんでしょうか?。金属製のわっかがチャリンチャリンと音をたてながら流れていく実演販売が売りでした。高田馬場を中心に流行したとかいうことですので東京の製菓機械メーカーだと思うのですが。


2003年5月23日更新
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第7回「ウイスパーカード」の巻
第6回「デパートの屋上」の巻
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第4回「デパートその2 『お子さまランチ』」の巻
第3回「デパート その1」の巻
第2回「シャンプーの変遷」の巻
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