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「食料品店」タイトル

日曜研究家串間努
第21回「洋酒のポケット瓶を集めた
中学生時代」の巻


 中学生というのは、大人の真似をしたがる年頃。全員が全員、背伸びしたいと思っている訳でもなくクラスのなかの一握りが、大人文化を導入するコーディネーターとかブローカーとかになる。
 中学二年生のころ、私のクラスに髪の毛を油でなでつけ、ボタンダウンのワイシャツを詰め襟の下に着こんでいるような酒落男がいた。どこから手にいれるのか、資生堂タクティクスなど、男性用整髪料のミニミニ試供品をたくさん持っていた。クラスの男子から「ちょうだい」とせがまれるのを、自分に人望があると勘違いしているようなヤツである。

 林間学校が行われたとき、ウイスキーを持ってきたのも彼だ。香水瓶のような、小さな瓶に入っていたので、「これは試供品なのか」と聞くとニヤニヤしているばかり。夜になって皆で押し入れに入り、食料品屋の息子が持ってきたウインナーソーセージの缶詰を開けたが(なんでそんなものをものをもってくるのだ)、なかなかウイスキーの小瓶は開かない。飲もうよと強要するのもなんだし、本人もためらっていたのだろう。私たちはしらふでサキイカや柿ピーナツを食べながら「○子が好きだ」「俺は○美だな」と告白しあった。単純に甘い「遠足のおやつ」からちょっぴり背伸びして卒業した日であった。

 彼が持ってきたのはウイスキーの五〇ミリリットル入りミニチュア瓶であった。いまでもホテルのミニバーや新幹線の車内販売で見かけるものだ。それよりちょっと大きいポケット瓶というのが一八〇ミリリットル入り。
 有名なのはニッカウイスキーが昭和二五年八月に発売した、三級のポケット瓶「スペシャルブレンド一八〇ミリリットル一五〇円」である。戦前からの統制経済が続いていたが、この年雑酒の統制が解除され、ウイスキーも自由販売となった。しかし、サラリーマンの給料が三五〇〇円の時代に一級ウイスキーは一本一二五〇円。庶民には高嶺の花だった。そんな中、ニッカは宣伝用にポケット瓶を出したのだ。

 この「三級ウイスキー」が世に出るには創業者の苦悩の決断があった。昭和九年にニッカの前身大日本果汁株式会社を創った竹鶴政孝が「品質第一」を考えていたためだ。三級ウイスキーは当時の税法上、ウイスキー原酒が五パーセント以下、〇パーセントまで入っているものと規定されていた。ゼロでもOKということは、アルコールに香料と着色料で作った粗悪品もウイスキーと認められていたのだ。統制経済が解除されるとこれら安い模造ウイスキーが氾濫し、ニッカの一級ウイスキーの売上はがた落ちした。株主も銀行も「三級ウイスキーを作ったら」と勧める。しかし竹鶴の良心は原酒をたっぷり使った本物のウイスキーを作りたいことにある。理想と現実のはざまに竹鶴は苦しみ、抵抗したが「会社の将来と、従業員の生活を支えるため」やむなく三級ウイスキー発売に踏み切ることにした。ただし上限ギリギリの五パーセントまで原酒を入れ、合成着色料や香料を決して入れなかったところに竹鶴の意地と見識が現れている。

 ポケット瓶は、旅行を中心とするレジャーブームの到来で販売数量を右上がりに延ばしていった。夜行列車の寝酒にしたり、電車の窓にポケット瓶を載せることが、『オレはウイスキーを飲んでいるんだぞ』というステータスだった。いまでいう「ちょいワルオヤジ」を気取ることができる小道具だったのである。手軽にラッパ飲みできるのが喜ばれたのか、大阪万博工事のときは周囲の酒店でポケット瓶がぐんと売れた。「ほかにもポケット瓶が急に売れた酒店を調べてみますと、必ず近くで工事をやっているんですね。作業員のかたが休憩時間に買われてたんでしょう」(ニッカウヰスキー株式会社)。
 最近はコンビニにも置かれ、ちょっと飲みたい需要にウケて急成長中という。一人で呑みきるにはちょうど良いサイズという評判も「個食の時代」ならではだろう。

ウイスキー

毎日新聞を改稿


2005年5月18日更新
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