南陀楼綾繁
9月某日 渋谷カラ表参道マデ御洒落ノ街ヲ本ヲ抱エテ長征スル事
ああ眠い。昨夜、ナンだか眠れなくなってしまい、夜中にパスタをつくりながら、ビデオで映画を観るという奇行に出る。観たのは、いましろたかしが『釣れんボーイ』のナカで激賞していた《ガタカ》(1997・米)。生まれたときからDNA鑑定によって、優性・劣性が判別される未来社会。劣性とされ、誰からも期待されてない主人公(イーサン・ホーク)が宇宙飛行士を志すが、DNAチェックを潜り抜けるためにとって方法は……。陰鬱で暗い雰囲気に満ちているが、後半30分が素晴らしかった。見終わると5時。
10時過ぎには起きて、神保町に向かう。今日は「趣味の古書展」だ。今日はやたらと欲しい本が安く手に入る。古山高麗雄『フーコン戦記』(文藝春秋)500円 『半ちく半助捕物ばなし』(新潮社)500円、藤沢桓夫『私の大阪』(創元社)500円、高木建夫『読売新聞風雲の紳士録』(読売新聞社)300円、山口瞳『新東京百景』(新潮社)300円、小出龍太郎『聞書き小出楢重』(中央公論美術出版)1000円、風間道太郎『憂鬱な風景 人間画家・内田巌の生涯』(影書房)500円、大宅壮一編『わが青春放浪記』(春陽堂)1000円、石川欣一『むだ話』(春陽堂、大正15年)500円を買う。いつもは昼頃から出かけるのだが、早めに動くと収穫も多いのだろうか。『FILE』第4号(1985、宣伝会議別冊)500円には、「モダン感覚のブックデザイン」というグラビアが載っていて、河野鷹思など昭和期のデザイナーの作品が見られる。コレも早起きの功徳か。
地下鉄で渋谷に移動。相変わらずヒトでごった返している。〈HMV〉でCDを物色。こだま和文のベスト盤の陰に隠して、松浦亜弥[The美学]を買う。テレビで見たプロモにちょっと圧倒されたので。〈パルコ・ブックセンター〉で、舎弟のアラキと待ち合わせ。「今日もいきなり大荷物っすね」とからかわれる。隣接の〈ロゴス・ギャラリー〉へ。ココで〈古書日月堂〉と〈自然林〉が主催する「古雑誌マニア」というセールが行なわれている。雑誌だけがこんなに集まると、それなりに迫力がある。中央の台に置かれた雑誌は、「1ページずつでも売ります」とある。レジからカッターを借りて、作業台で好きなページを切り取るコトができる。雑誌丸ごと一冊よりも、読みたい記事やデザインのいい広告ページだけを欲しがるヒトが多いコトから思いついた企画らしい。いいアイデアだとは思うが一枚300円は高すぎるよなァ。
一回りしていたら、レジ横に立てかけてある本に目が行く。箱入りのスクラップブックで、『いかれた写真集』という活字が貼ってある。ナンだこれはとナカを開くと、果物に人間のカッコをさせた写真とか、写真クイズとか、著名人のパロディとか、要するに雑誌から奇抜な記事を切り抜いた貼込帖なのだ。宝塚本の著者である平井房人作の「指之状変化」(「雪之丞変化」のシャレか)なんて、指でいろんな表情をつくって見せるだけのバカバカしさ。そーとーセンスがいいよ。3000円出して買うかどうか悩んだが、コレも縁(ナンの?)だと思い、買うことにする。もう一冊、『うわさ 博多を語る博多の名物』昭和27年5月号、800円も買う。荷物、さらに増えてしまう。
旬公(ヨメ)を連れて行くと、いつもこの辺りで、もう疲れたからと別行動になってしまうが、今日は舎弟なので、この先もムリヤリつき合わせることにする。駅まで戻り、反対側の宮益坂を登る。この先の古本屋は見逃せない。文学書、詩集が充実している〈中村書店〉で、松村久『六時閉店 地方出版の眼』(マツノ書店)600円を見つけ、買う。出掛けに、岩佐東一郎『茶烟亭燈逸伝』(書物展望社、昭和14)という随筆集が目に留まった。あまり見かけない本だし、状態もイイが、1万5千円。今日は手が出ない。
次に〈青山ブックセンター〉表参道本店に回るのが、いつものコース。書店員のアラキが教えてくれて気づいたのだが、この店の平台、いつのまにか全部が以前よりも随分高くなっている。コレだと平積みが少なくても目立たないためだろうか。店内在庫を少なくしてリスクを負わないようにするためか。買ったのは、とり・みき『SF大将』(ハヤカワ文庫)540円、渋澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)950円の二冊。
ココで思いついて、骨董通りにある〈古書日月堂〉の店に電話してみる。さきほどのフェアで、店主の佐藤さんを見かけなかったら、あるいはと思ったら、やっぱり店にいた。「開いてますよ、どうぞ」と云われるので、アラキを紹介するという名目で、急遽そちらに向かう。入って、挨拶するのもそこそこに新入荷っぽい本を探すと、本多功『バットの手工』(日本玩具協会、昭和7年)という、ナンだかオモシロそうな本が。
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数日前に市で落としたとか。ナカを見ると、な、なんとコレはタバコのゴールデン・バットの外箱を使って工作する「バット藝術」の工作法を書いた本ではないか! ぼくがイマ調べている森永製菓の「キャラメル藝術」はこの「バット藝術」のやり方をパクったものなのだ。外箱や本文に、工作作品がイラストで描かれていて、見ているだけで頬がほころぶ。ムダなことを愉しむ、こういうエネルギーが好きだ。さっきの岩佐東一郎、1万5千円には手が出なかったくせに、この本は2万5千円という値段なのに、すぐに買うコトを決める。昨日、経費の精算があって数万円持っていたのもこの本のためのように思えてくる。「さっきの『いかれた写真集』といい、まるで南陀楼さんを待ってたみたいですね」とアラキ。そーだよ、オレの行く先にはいろんな本がオレを待ってるんだよ(高い値札つきで)。一気に貧乏になったぼくを哀れんで、佐藤さんが戦後のマッチ箱をいくつかタダでくれる。
荷物、さらに増える。ブランドショップが並び、高そうな服を着た連中ばかりの通りで、コレだけ本を持って歩いているヤツは他にいるまい。しばらく歩き、〈オーパ・ギャラリー〉へ。今度やる「sumus」フェアのチラシを置かせてもらう。その近くの〈HBギャラリー〉で、森英二郎さんの個展「ぼくの木版画」を見る。森さんに挨拶。なかなか盛況のようだ。三ノ輪、立石など何気ない風景を描いた木版画が素晴らしい。思わず欲しくなり、無理して買いたくなるが、掛ける場所もないのであきらめる。この日に間に合うように出版したという『絵本・木版画の作り方』(トムズボックス)800円を二冊買う。一冊は友人へのプレゼント用。
さすがに歩きつかれたので、〈ナディフ〉に行きカフェで、ベルギービールを飲む。この店もいちおう見たけど、今日はコレ以上買う気ナシ。アラキは「日記での買いっぷりを目の当たりにできてカンゲキです」などと暢気に云う。ぼくだって、最初から行った場所全部で買うつもりじゃないんだけど、向こうのほうがコッチを待ってるんだから、しょうがないじゃないか。コレだけ買ったからあと数日はおとなしくしてるよ、とアラキに告げ、ウチに帰る。
しかし……。翌日の午後、ぼくはナゼか反町の神奈川古書会館にいた。あーあ。いつも以上にヒトが少なく、じっくりと見て回る。今日も安い本が見つかる。1階で、金森幸男『銀座・エスポワールの日々』(日本経済新聞社)800円、田辺茂一『正体見たり』(新潮社)300円、今井田勲『鶏留啼記』(湯川書房)300円、古山高麗雄『旅の始り』(作品社)1000円、吉田健一『乞食王子』(新潮社)400円。2階に上がり、獅子文六『アンデルセンの記』(角川書店)800円、『甘味 お菓子随筆』(双雅房)500円。真ん中の台、正美書房の出品は今日に限り、値段の3割引になっている。おお。そこから、針生一郎『戦後美術盛衰史』(東書選書)300円、小林信彦『笑う男 道化の現代史』(晶文社)500円、横尾忠則『なぜぼくはここにいるのか』(講談社)300円、長新太『キャベツだより』(大和書房)500円、谷沢永一『完本 紙つぶて』(文藝春秋)300円を買う。この値段の3割引はあまりにも安い。『キャベツだより』は以前に買ったハズなのだが、どっかに紛れてしまっていた。『完本 紙つぶて』は文庫で数回読み、こないだ再読しようとしたら、案の定見つからなかったので単行本を買っておく。買った瞬間から電車に乗って帰るまでは、とても幸福な気分だが、こうして安いからイイ本だからと買った本が、ウチには収納不能なまでになっている。いざ読みたいと思ったときに出てこない。それでまた買うという悪循環なのである。
2002年11月21日更新
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