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第13回「カラーハーモニカ」の巻
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バナナがスーパーで一グラム一九円とかで売られるようになったのはいつ頃からだろう。昔、バナナは結構価値がある果物であった。昭和三八年生まれの私だと、さすがに「病気のときだけ食べた」という体験はないが、それでも童謡「さっちゃん」のように「半分しか食べられない」程度には高級品だった。子ども歯磨にも「バナナ味」があった時代だ。
そんな世相を反映してか、昭和四〇年代に黄色いハーモニカが売られていた。バナナのような曲線で真っ黄色。吹いている姿はなんだかトウモロコシを食べているみたいだったけど、変わっていてステキだった。それを音楽の時間に持ってきたやつがいた。案の定、先生に怒られていた。私はカスタネットが赤と青、ハーモニカが黄色でちょうど信号のようで美しいなと思ったが、先生はクラス全員の「統一の美」を主張されるのであった。密かにそいつのバナナハーモニカを嗅いでみたが、バナナの匂いはせず、ツバが乾燥した臭いがした。きたねー!
学童用のハーモニカを四十数年前から販売しているのは日本教育楽器という会社だ。
小学校の音楽教育教材としてハーモニカが登場したのは昭和三〇年代の後半だ。昭和三三年、三四年と準備期間を二年おいて昭和三五年から、全国一斉に器楽教育が始まってからだ。しかし当時の音楽教材の整備状態は悪かった。たとえば千葉県では音楽室がない学校が6割もあり、立川市ではオルガンがある学校が1割。観賞用レコードをかけるLPプレーヤーの購入にも各学校は頭をいためていた。新制大学が単位制になってから「音楽」教科をとらない教育学部学生も多かったので、音楽教師も不足していたという、ハーモニカも学校備え付けから、衛生面の問題などの問題から個人所有へ変わる過渡期であった。
高度成長時代のとば口とはいえ、当時150〜200円のハーモニカを個人で購入できない世帯も確かに存在していた。日本教育楽器もステンレス製のシングルハーモニカを発売していたが、次の理由でプラスチックのカラーハーモニカを出すことになった。
ハーモニカは音を出す本体とカバー、両方ともたくさんのネジで留められている。熱心に吹けば吹くほど、リードという音を出す金属部品が磨耗して、折れたり、劣化して音が悪くなったりする。そこで、使い込まれた本体は交換しなくてはならないが、その際にネジがたくさんあると大変な手間がかかる。小学校の休暇中にたくさんのハーモニカ修理が持ち込まれるからネジを外すのが追いつかない。そこで同社は本体にはネジを一本も使わず、カバーと本体とはネジ二本だけで接着するプラスチック筐体を開発した。ステンレスは唾液で錆びるが、プラスチックだと水洗いもできて衛生的。くちびるを切ることもない。ちょうど世の中にプラスチック素材が登場しだした頃で、金属とは違い何色にも着色できるから『カラーハーモニカ』とした。
いろいろなカラーがでたが「結局は男の子も女の子も共通して使える青色一本に落ち着きました」(日本教育楽器株式会社・長谷川茂行副社長)
昭和四〇年代には一〇〇万本生産していたほどで、同業のハーモニカメーカーも三〇社はあった。だがいまでは四社しか残っていない。
「少子化、鍵盤ハーモニカの台頭、導入時の指導の難しさなどがハーモニカ減産の理由でしょうが、私は小学校に女性の先生が増えたことも一因ではないかと思っています」
小学校低学年の音楽の時間は担任の先生が教えるが、女性教師がだんだん化粧をしてくるようになり、口紅の関係でハーモニカを口にくわえることを避けたり、ハーモニカ演奏で美しい顔を崩すのがみっともないという自意識が邪魔をするのだ。
穴が二段に並んでいる複音ハーモニカは上下の穴から出る微妙なズレが音に深みを出すので独奏に向いている。シングルハーモニカは単音しかでないので、クラス全体で合奏をすることで個人個人の少しずつのファジーなズレの集合音が美しい音色を奏でる。
「情操教育の中でも習字や絵と違って、合奏の場合は一人うまい子がいてもだめなんです。全員で音を合わせる。ハーモニカは協調性を養うことができるんです」
どんな子でも全体の中の一人であるという、役割分担を意識させてくれるシングルハーモニカ。
「キレル子ども」たちはハーモニカを吹いてこなかったのだろうか。
●毎日新聞を改稿
2004年4月9日更新
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