1月某日
渋谷カラ三軒茶屋マデ
「本尽クシ」ノ一日ヲ送ル事
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今日はちょっとした小春日和。出かけるのには最適だ。夕方に用事があるのだが、それまでにイロイロ回ってみよう。渋谷に出て、まずは東急東横店へ。ココの催場で古本市をやっているのだ。いつも雑多な本が大量に出品されるのだが、今年は会場のレイアウトが変わって、一列の端から端までが50メートルぐらいある。短距離走じゃあるまいし、長すぎるよ。通路の幅はあいかわらず狭いから、行ったり来たりするうちに疲れてくる。目録で注文した『ぴあ』創刊号(1972年10月)がハズレたと聞いて、ますます疲れる。全部回らずに会場を出ようとして、まだ購入していなかった新刊、『小沢昭一百景1 泣いてくれるなほろほろ鳥よ』(晶文社)を見つける。コレはお買い得。
次に行ったのは新刊書店。どうしても買っておきたい本があったのだ。大阪の創元社が出した、『飛田百番』(橋爪紳也監修)という写真集で、新世界の近くにある飛田遊郭の貸し座敷の古い建物(現在は予約制の居酒屋)を記録したものだ。大阪についての文章を書くのに見ておきたいと、刊行された直後から、方々の書店を探していたが、版元が大阪であるせいか、どこに行っても見つからない。今日は、もともと関西が本店の〈旭屋書店〉と〈阪急ブックファースト〉だから大丈夫、見つかるハズとたかをくくっていたら、どちらにも置いていない。残念(ちなみに後日、やはり関西出身の〈ジュンク堂書店〉で無事発見した)。
今日はその本を探すだけにしようと思っていたが、気がつけば、大量に買い込んでいた。書名を挙げると、横田順彌『古書ワンダーランド1』(平凡社、2400円)、黒川博行『八号古墳に消えて』(創元推理文庫、680円)、高平哲郎『ぼくたちの七〇年代』(晶文社、1700円)、野崎正幸『駆け出しネット古書店日記』(晶文社、1800円)、谷沢永一『本は私にすべてのことを教えてくれた』(PHP研究所、1300円)、遠藤寛子『「少女の友」とその時代 編集者の勇気・内山基』(本の泉社、1800円)、市村弘正『増補 「名づけ」の精神史』(平凡社ライブラリー、854円)、『ビックリハウス』131号(PARCO出版、800円)の計8冊。両手はすっかりふさがった。これから美術館に行くのに、どーすんだ、この荷物。
東急文化会館から奥の方へ。このあたりは、いかにも高級住宅街で何度来てもなじめない。腹が減ってもラーメン屋なんてナイので、たまたま見つけたバーみたいな店でランチを食べることにする。入ったら靴をぬいで絨毯に上がる店だった。メニューはハヤシライス700円となかなかリーズナブルで、まあまあの味。そこからスグのところにある〈松濤美術館〉でという展覧会を見る。先週の「日曜日美術館」で海野弘氏がナビゲーターとなって、谷中の特集をやったせいか、会場は老若男女、すごいヒトだった。もっとも、ぼくも番組を見てあわてて駆けつけたクチだが。谷中安規の版画は、これまで内田百閧竝イ藤春夫の本の挿画などでしか知らなかったが、若いときからじつに多様な仕事をしていたのだ。版画作品も展示されていたが、ぼくの目がいくのは本のカタチをしたものなので、谷中が居候していた上田治之助の雑誌『莨(たばこ)』(上田書店)に描いた表紙イラストとか、田中貢太郎の『怪談全集』『奇談全集』の装幀とかを、ガラスケース越しにじっくり眺める。
谷中から友人への手紙も一部公開されている。下沢木鉢郎という人への手紙では、「折角、舞台が出来てをるにハダカオドリをやってのける元気がなくちゃつまんない、大いにやらかしたい、作品をつくりたい」とあった。病気で臥せっていた晩年のものだろうか、身につまされる文章である。谷中に入れ込んでいるとおぼしき学芸員による展示パネルも、微に入り細にわたって読みゴタエあり。コレは図録を買って帰らなくちゃと思って受付に急げば、ナンと売り切れだった。いい展覧会を見たときは、図録をお土産に買って帰りたいモノなのだが、きっと観にきたみんなが同じ気分だったのだろう(一度増刷したのにそれも売り切れたというハナシも聞いた)。
そこから、三軒茶屋の三宿まで移動。渋谷駅まで戻らないとバスに乗れそうもないので、タクシーに乗る。モンダイはこの「三宿」の読み方だ。最近では芸能人の夜遊びスポットらしいのだけど、こちとらご縁がナイのでどう読むかもワカラナイ。思い切って運転手さんに「ミシュクまで」と云ってみたら合っていたようで、ホッ(気が弱いのです)。三宿の交差点近くまで来たとき、左目の端が古本屋を発見! 以前、学芸大学前にあった〈古書いとう〉がココに移ってきていたのだ。あわてて車を止めてもらい、店に入る。文庫や海外文学の品揃えがイイ。尾崎一雄『末っ子物語』(中公文庫)を300円で買う。そのあと、三宿交差点脇の〈江口書店〉へ。この店の三階をお借りして、書物同人誌「sumus」に掲載する、河内紀さんのインタビューを収録する。ちょうど『ラジオの学校』(筑摩書房)という新著が出たところなので、「本」と「ラジオ」(あるいは、読むことと聞くこと)がテーマの話になった。
終わってから、河内さんと同席の月の輪書林さん、国沢さんとともに、裏通りにある〈ニーハウ〉という台湾料理屋へ。ココは5席ほどのカウンター、その後ろに小上がり、奥に座敷という造りで、いかにも「戦後」の風情がただよう。紹興酒を飲みながら、水餃子、ガツ炒めなどの安いつまみを食べる。ここでも話題はやっぱり本のこと。解散してウチに帰る電車の中で、「今日は一日、本尽くしだったなあ」と思い、そのとたん、ちょっと笑ってしまった。僕の場合、今日だけじゃなくて毎日の生活が、本を中心に回っていることに気づいたので。
2004年3月11日更新
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