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第9回 東京の洋食
…「キッチン南海」
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SPA!で連載している福田和也と坪内祐三の対談は、この雑誌の巻末でなぜ連載されているのだろうかという理由はともかく、かなり読みごたえがある。大体二人はどこかしらで食べつつか飲みつつ対談しているのだが、いつぞやの回で神保町のキッチン南海が出てきた。福田和也によると、ここのカツカレーはとてもおいしく、中毒性があるらしい。このことを読んだ時、「ああ、やはり福田和也は都会者なのだなあ」と妙に納得するところがあった。神保町にはおいしい食べもの屋が多いのだけれど、なかでも2大巨頭は、なんといっても「いもや」と「キッチン南海」ではないか。そしてこれは仮説なのだけれど、田舎から出てきた人間には、「いもや」のほうが心的距離が近く、「キッチン南海」はどうにも入りにくかった。すずらん通りにある同店の前を通っても、いつも混んでいて、人気店であることは重々わかっていたのだけれど、なんだか入る機会を逸していた。「値段がほんのわずかに高い」「店内で落ち着けそうにない」などがあえて理由としてあげられるかなあ。多分、ランチが600円だといっていたと思うが、ライス付きのメニューは大体700円だった。また外から見ると「いもや」よりはやや内部が暗く、そのなかから、多くの客たちがフォークと皿を「カチカチ」とあたる音が表まであふれ出ているようで、田舎者を圧倒するのだった。
しかし、この連載もあるし、福田和也の推薦もあるので、今回は意を決して9月末の夕方に入ってみた。実に上京後神保町に通いはじめて18年。はじめての体験である。
店に入ると、カウンターのすみっこがちょうど空いたので、そこに座る。オープンな厨房ではアニキ系のコックが実に手際よく、カツをあげたり、キャベツをのっけたりしている。本来ならばカツカレーを食すべきだが、最初はやはり定食を食べたかったので、チキンカツとしょうが焼きの盛りあわせ(ライスつき)700円にした。冷静に考えると高くない。少なくとも現在の私にとっては。多分、20前後のときに「キッチン南海は高い」と勝手に思いこんで、その妄念がずっと生き続けたのかも知れない。
そう考えているうちに、料理が到着した。2つに切られた巨大なチキンカツとたっぷりのしょうが焼き。そしてみずみずしい千切りキャベツ。付け合せのスパゲテイ。テーブルの上のサービスの福神漬けを少しライスの上にのっけ、さあ食べよう。まずはチキンカツにソースをかけて口に入れる。あげたてのカツで口の中をやけどしそうになる。
おい、これうまいよ。
驚いた。チキンカツの肉のジューシーさがうれしい。続いてしょうが焼きも食べてみる。ああ、肉とタマネギが味を主張しつつ、しょうがのもとにまとまっている…。いかん、なんか間抜けなグルメ本みたいな記述となってしまったが、標準をはるかに突破した高レベルの定食がここに展開されていたのだった。ライスの量がやや少ないかなと思ったが、おかずの量が多いために、食べ終わった頃には満腹だった。
やはり机の上に置かれている水入れからコップに水を注ぎ足してごくごく飲んで席を離れた。「ありがとうございました!」とコックのあんちゃんも実に愛想がいい。
700円ジャスト払って店を出る。外から見るとやや店内が明るく見える。そして店内からナイフと皿のあたる「カチカチ音」がいまだ聞こえる気がするが、その音は私を圧倒する音ではなく、「また来てね」という音に変化していた。
やはり、東京では勇気をもって一歩踏み出すことが自分の世界を広げるのだなあとしみじみ思った「キッチン南海」だった。今度はぜひカツカレーを食べよう。
2003年11月18日更新
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