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5月某日 北千住カラ入谷マデ日比谷線沿ヒヲ飲ミ歩ク事
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ずっと以前から持っているのだが、なぜか読む機会がなかったという本が、何冊かある。いや、何冊かどころじゃない、100冊200冊、もっとだ。むしろ買ってすぐ読むことの方が珍しい。そういう未読本まみれの生活においては、どんないい本でもちょっとタイミングが合わないと、読まないママに何年も過ぎてしまう。
などと言い訳から入ってしまったのは、大川渉・平岡海人・宮前栄『下町酒場巡礼』という本に、今頃ハマっているからだ。単行本(四谷ラウンド)を編集したホリウチさんに頂戴してから6年、文庫本(ちくま文庫)に入ってからでも3年ものあいだ、この本とスレ違ってきたことに悔しさを覚える。ついこの前、突然読みたくなって、単行本は例によって見つからず、慌てて文庫本を探して読み、2冊目(『下町酒場巡礼 もう一杯』ちくま文庫)も続けて読んだ。
下町の酒場といっても、浅草や上野のような盛り場にある店ではない。この本で紹介されている店は、京成や常磐線などのマイナー路線の駅前、古くからある商店街の外れ、風俗街のど真ん中などにある。地名で云えば、東十条、千束、亀戸、田端新町、王子、赤羽、南千住といった下町中の下町である。ぼくは谷中近辺に住んで10年近くになるが、三ノ輪や浅草まで自転車で行けると気づいたのは、ごく最近のこと。だから、この本がおもしろく読めたのだろう。さっき「スレ違ってきた」と書いたけど、じつは、ちょうどいいタイミングでこの本と出会えたのかもしれない。
読んでいると、たまらなく飲みたくなる。そこで、飲むハナシだったらどこでも付き合う遠藤哲夫さん(7月にちくま文庫から『汁かけめし快食学』が出る予定)を誘って、北千住で会った。待ち合わせの場所は〈大はし〉。明治10年創業、煮込みのうまい居酒屋だ。建物の老朽化のため、しばらく休んでいたが、昨年12月に新装開店した。新しくなってから初めて入る。入り口こそ新しくなったが、中の雰囲気はさほど変わらない。土曜日は4時半開店だが、開いた直後にどんどんヒトが入ってきてすぐに満席。活気がある。
ひとつだけ、目立った変化があった。この店では、親爺と息子の二人が注文を取りしきっていて、隅々まで目を行き届かせていた。注文しようと思って、そっちを見たとたん、「はいよ!」と飛んできてくれた。とくに親爺さんの身のこなしは、練達の社交ダンサーを思わせた。しかし、いまではその動きがかなり危ない。開店直後で注文が殺到したコトもあるのだろうが、複数の注文をさばききれず、しばしば奥に通すのを忘れてしまう。かなりの高齢なんだから、もちろん仕方ない。でも、ちょっと寂しくはある。
なんだかいたたまれなくなって、エンテツさんと早々に店を出る。日比谷線で南千住へ。改札口で、この辺りにお住まいの写真家・大沼ショージさん(女性です)と待ち合わせ。ちょっとした用事を済ませ、次の仕事に向かう彼女に、「この辺でイイ店ない?」と聞く。すぐさま「あそこ、どうですか?」と指差した先には〈鶯酒場〉の看板が。「ホイスを飲むといいですよ」と謎の一言を残して、大沼さんは退場。
時間が早いせいか、〈鶯酒場〉に客の姿はない。品書きを見ると、ウイスキーのヨコにたしかに「ホイス」という文字が。それを頼むと、カウンターの下から一升瓶を取り出してきた。ラベルには「ハイボールの素」というような文字が。味はというと、ウイスキーの炭酸割りみたいな、酎ハイのウイスキー入りみたいな、フシギな味。濃い味のおでんが合います。あとでエンテツさんが検索したら、なんと「幻の酒ホイス」というサイト(http://www.hoisu.com/)があったそうだ。この日は、平壌での日朝首脳会談があり、埒被害者の家族の一部が帰国するシーンをニュースで何度もやっていた。国家の一大事に、こっちではホイスで盛り上がっている。
次に、南口を出たところにある〈大坪屋〉へ。ココはかなり広い店。壁のメニューを見てびっくり。どんなつまみでも、200円か300円。安すぎる……。妙にくねくねした動きのおばさんに、酎ハイを頼む。すっかりイイ気分。エンテツさんとナニ話したっけ、覚えてない。ホントはもう一軒行きたかったけど、時間がないので、また日比谷線に乗る。
今度は入谷で降りて、〈なってるハウス〉へ。居酒屋ではなく、ライブハウス。10人は入ればいっぱいの店だが、気持のいいジャズを聴かせてくれる。チャージが安いのもイイ。今日は、渡辺勝と川下直広のデュオ。渡辺は凄みのあるボーカルとピアノ、ときどきギター。川下はテナーサックス。以前もココでこの二人を観ている。途中、ゲストの有馬忍のギターと歌をはさんで、ほぼ2時間、喋りもなし曲の切れ目もなしにノンストップで演奏が続いた。ぼくは酔っぱらっていたらしく、途中で眠った。大した量は飲んでないつもりだけど、移動しているウチに回ってきたのだろう。エンテツさんにも付き合ってもらったが、渡辺勝の歌をかなり気に入っていた。ぼくはミュージシャンに話しかけるなんてできないのだが、エンテツさんは終わって渡辺さんに、「凄かったですね、顔と歌のイメージが一致しませんね」などと答えに困るようなコトを話していた。
鴬谷の駅まで歩き、山手線に乗る。西日暮里でエンテツさんと別れた。渋谷や新宿からウチに帰ってくると、いつも疲れを感じるのだが、下町からの帰りはいつも元気が残っている。フシギだが、ほんとうだ。
【南陀楼綾繁さんの本が出ました】
初のエッセイ集『ナンダロウアヤシゲな日々 〜本の海で溺れて』が無明舎出版から刊行されました。
ミニコミ大好き、古書にも目がない。ハミダシ出版人たちをこよなく愛し、オンライン出版の可能性にワクワク。
そんな帝都逍遙、活字蕩尽の毎日を集めたエッセイ集です。
どうぞよろしく。
1600円+税
ISBN 4-89544-367-1
(書店で「地方・小出版流通センター扱い」でご注文できます)
http://www.mumyosha.co.jp/index.shtml
2004年6月14日更新
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