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「蕩尽日録」タイトル


9月某日 広尾デ古本、
恵比寿デちぇこ映画、
意外ナ組合セを楽シム事
南陀楼綾繁


 日比谷線の沿線には、どうもなじみがない。築地にはめったに行かないし、日比谷や霞ヶ関はほかの線でも行ける。神谷町には一度、愛宕山の〈NHK放送博物館〉に行ったコトがあるだけだ。六本木は比較的よく行っているほうだろうが、変わったCDを揃えていた〈WAVE〉が数年前に消えてからは、めっきり降りる回数が減った。
 その隣の広尾は、有栖川記念公園のナカにある都立中央図書館しか行ったことがない。外国人が会話を楽しんでいるオシャレなオープンカフェや、外国人が買い物を楽しんでいる高級スーパーや、外国人がたくさんいる大使館(アタリマエだ)などは、横目で見て通り過ぎるだけだった。用事さえ済ませば、はやく離脱したい街なのである。
 そのぼくが、図書館以外の目的でわざわざ広尾にやってきたのは、この街に古本屋ができたというハナシを聞いたからである。
 9月に入ったとはいえ、まだまだアツイ。広尾の駅に降り立ったとき、スデに汗だくになっていた。広尾に汗は似合わない。場違いなところに来た、と後ろめたく思いながら、商店街に踏み込む。
 少し歩くと、右側に〈JUNICHI NAKAHARA それいゆ〉という店がある。店名の通り、ココは中原淳一のグッズを販売する店だ。ショーウィンドーを覗くだけで、ナカには入らなかった(あまりにファンシーなので入りにくい)が、複製版画やバッグ、Tシャツなど、中原淳一の絵をつかったオリジナル・グッズがよく揃っているようだ。

中原淳一のグッズを販売する店

 さらに商店街を進む。いまどきのブランドショップやカフェと、古くからある商店が混在している。木造の一軒家(一階はタバコ屋)の二階の壁が、オセロのように白と黒で塗り分けられているのを発見。モダンというか、キッチュというか、不思議な光景だ。

木造の一軒家

 突きあたりの寺をグルッと回りこむように歩き、青山方面に向かう道へ出る。この辺はホントの高級住宅街。歩行者も3人に1人は外国人で、とても日本とは思えない。しばらく進み、細い道を入る。事前に確かめておいたにもかかわらず、「こんなトコロに古本屋があるのか?」と不安になったが、マンションの入口に〈古書 一路〉という看板(気をつけないと見落とすほど)が出ていて、ホッとする。
 エントランスを入ると、ドアが開け放してある部屋がある。声をかけると、奥から40代の男性が出てきて、「どうぞ」と云う。店主の堀江一郎さんだ。スリッパをはいて上がると、たくさんの本棚がお出迎え。ガラスケースには三島由紀夫の初版本や資料が飾られている。
 挨拶もソコソコに、さっそく本を見せていただく。日本文学の小説や評論を中心に、よく揃っている。この数年、ぼくが興味を持っている出版史や文壇関係の本も、きちんと並んでいる。同じ本を持っていても、ウチにはスペースがないから、とてもこんなにキレイには並べるコトができない。だから、理想の本棚を見ているような気分になる。

古書 一路

 めったに見かけない、あるいは、見かけてもメチャクチャ高い本もある。たとえば、山川方夫『日々の死』(平凡出版)だ。真鍋博が装丁した赤の函が、目に美しい。コレが署名入りで1万5000円は安い……けど、ちょっと手が出ない。今日のところは、小田嶽夫『文学青春群像』(南北社)2000円、河盛好蔵編『作家の素顔』(駸々堂)1500円、藤島泰輔『東京 山の手の人々』(サンケイ出版)900円、の三冊を購入する。

山川方夫『日々の死』

 再訪を約して、店(というか部屋)をあとにする。日本赤十字社医療センターまで歩き、バスに乗って、恵比寿へ。駅前のそば屋で、ビールとカレーうどん。「濃厚な味がウリ」とあったが、たしかにコッテリしていた。
 そういえば、恵比寿も日比谷線の沿線だが、この街も広尾と同じぐらいなじみが薄い。なかでも、ガーデンプレイスなどは、いかにも人工の街っぽくて、めったに行かない。だから、途中で迷ってしまい、目的の〈東京都写真美術館〉に着いたときは、ふたたび汗が噴き出していた。
 ココのホールで、チェコ映画を観る。愛知万博の関連企画で、チェコの主要映画を上映する映画祭が開催中なのだ。今日観たのは《新しい毎朝をありがとう》(1994年)という作品で、社会主義政権のチェコで、ウクライナ地方からプラハに出てきた一家の人生を描いている。まじめなハナシだが、ところどころで笑えるシーンや、シュールな描写が見られた。もう一度、プラハに行きたくなる。そういえば、さっき広尾でチェコ大使館のそばを通ったな。
 あまりなじみのない街で、古本を買い、映画を観た。たまには、そういう気まぐれもイイ。


2005年9月8日更新
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10月某日 逗子カラ鎌倉マデ古本マミレノ小旅行ヲスル事
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9月某日 【海外篇】ばり島デモ本ノアル場所ヲ求メテ彷徨スル事
8月某日 千駄木ニテ「もくろークン大感謝祭」ヲ執リ行フ事
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5月某日 北千住カラ入谷マデ日比谷線沿ヒヲ飲ミ歩ク事
4月某日 経堂デ「本之工藝」ニ触レ、田端新町デ「モツ焼」ニ溺レル事
3月某日 渋谷ノ夜、音楽デ体ヲ埋メ尽ス事
2月某日 初心ニ戻リ神保町ヲ回遊スル事
1月某日 渋谷カラ三軒茶屋マデ「本尽クシ」ノ一日ヲ送ル事
12月某日 讃岐高松ニ飛ビ「ウドン」漬ノ三日ヲ過ス事
11月某日 びっぐさいとデ「表現欲」ニツイテ考エル事
11月某日 三鷹ノ古本屋ニテ奇妙ナ本ト出会フ事
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9月某日 新宿デ革命ノ熱気ヲ感ジ高円寺デ戦後ヲ思フ事
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5月某日 谷中ノ「隠レ処」カラ出デテ千石ノ映画館ニ到ル事
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12月某日 六本木カラ高円寺マデ本ヲ求メテ一日旅行スル事【後編】
12月某日 六本木カラ高円寺マデ本ヲ求メテ一日旅行スル事【前編】
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7月某日 週末ノ三日間、熱暑ノナカ古書展ヲ巡回スル事【後編】
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7月某日 週末ノ三日間、熱暑ノナカ古書展ヲ巡回スル事【前編】
7月某日 炎天下中ニ古書店ヲ巡リ、仏蘭西料理ニ舌鼓ヲ打ツ事
6月某日 W杯ノ喧騒ヲ避ケ、三ノ輪ノ路地ニ沈殿スル事
6月某日 昼ハ最高学府ニテみにこみノ販売法ヲ講ジ、夜ハ趣味話ニ相興ジル事
5月某日 六本木ニテ「缶詰」ニ感涙シ、有楽町ニテ「金大中」ニ戦(オノノ)ク事
4月某日 徹夜明ケニテ池袋ヘ出、ツガヒ之生態ヲ観察スル事
4月某日 電脳機械ヲ購入スルモ気分高揚セザル事


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