その36
鹿の角でできた 「萬歳」簪
の巻
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魚の骨が喉に刺さりました。
銀座にて上司と昼ごはんを食べていた時のことです。サバでした。味噌汁を飲んでも、ごはんを飲み込んでも取れません。それどころか、気持ちが悪くなってきて、全部もどしてしまったのです。喉に骨が刺さるという経験が、生まれてはじめての私は(みなさん、そうそうないと思いますが)、人生終わりといわんばかりに、真っ青になってしまいました。
びっくりしたのは一緒にいた上司です。食い気だけは人一倍の私が、なにも食べることができない上に、気持ちが悪いと、泣きベソをかいているのですから。すぐに病院に行こうということで、近所にあった内科に駆け込みました。
「喉に骨が刺さったんですけど、ここでは取ってもらえますか?」
思いもかけない質問に、受け付けの女性は慌てて先生に聞きにいってくれました。
「あの、ここでは無理だそうです。耳鼻咽喉科にいってください」
「そうですか。耳鼻咽喉科は近くにありませんか?」
そんなやりとりの後、まわりの患者さんの笑いをこらえる姿を横目に、私と上司は、お昼休みになる寸前の耳鼻咽喉科に飛び込んだのでした。
「すみません。骨が喉に刺さりました」
「本当だ。大きいですね」
そういいながらも、あっという間に骨を取ってくれました。さすがです。さっきまでの違和感が嘘のようです。目の前が、さわやかに晴れ渡っていくような感じでした。
「この骨は5センチくらいありますね。扁桃腺の側だったから、余計に気持ち悪かったんですよ。これからは骨と身をきちんとわけて食べてくださいね」
先生はニコニコしながらそういうと、カルテにセロテープで骨を貼ったのでした。骨まで一緒に保存されるのですね。なんだか情けないやら、可笑しいやら、待合室にいた上司は、笑いをこらえるのに必死で、涙目になっていました。
今回ご紹介するのは、骨にちなんだモノにしたかったのですが、残念、さすがにありません。なので、鹿の角でつくられたと思われる簪(かんざし)にします。この簪とは、パシフィコ横浜で、毎年3回開催される骨董市・骨董ワールド(駅前ガラクタ商店街 その15 単衣名古屋帯の巻参照)で出会いました。
余談ですが、私は骨董ワールドで受付などアルバイトをよくしています。4月に開催された時にも、チケット販売をしていました。この時は突然の訃報に袱紗が必要になり、慌てて会場内で購入したなぁ。
簪とであったのは、その前の11月です。この時は特別企画として「戦中・戦後の代用品展」が開催されました。その15でも書きましたが、骨董ワールドでは毎回会場にいらしたお客様に、小冊子(内藤ルネさんの表紙が目印)を配っており、この時配った冊子には、8ページにわたって代用品の特集が組まれたのです。そうです。戦中・戦後という物資が不足した時代に、紙や陶器を代用してつくった商品です。数多くの代用品たちが誌面に載り、会場には展示されました。たとえば、ガラス製の時計の振り子、陶製のアイロンにガスコンロ、栓抜き、金属から紙箱に変わった化粧品、貝が代用された杓子などなど。狭いスペースでありながら、博物館顔負けの品揃えで、時代を語る代用品たちが一堂に会したのでした。
そんな代用品を集めたのが、戦時資料研究家のHさんです。常日頃お世話になっている業者さんが彼と親しくて、
「集めているモノが重なる部分が多いんだから、親しくしたら?」といわれ、挨拶することになっていました。なので
「はじめまして」と挨拶をしたら、
「どこかで会っていますよね」という話になり、私と親しい業者さんが結構重なることが判明。その上収集歴ウン十年という大先輩だとわかり、
「今後ともご指導ご鞭撻、どうぞよろしく」と、会うたびにいいたくなってしまう存在の方なのでした。
話が鹿の角の簪から遠くにいってしまいましたが、代用品に詳しいHさんとも面識ができた11月。骨董市会場で夕方近くなると、挨拶のように自然とでてくる言葉は、
「なにか買えましたか?」
という一言。当然彼にも聞かれ、
「私は話してばっかりで、これくらいでした」
と見せたのが、この簪でした。日章旗と日の丸模様の提灯がついており、提灯の上には「萬歳」と書いてあります。こんなデザインの簪もあったのですね。思うに、戦時下という厳しい時代でありながらも、簪にまで時世を表現し、なおかつ販売しちゃうという、人々の発想の豊かさ、精神のタフさには感心しちゃいます。Hさんもはじめて見るモノだそうで、2人して感心したのでした。
さてさて、喉に刺さった魚の骨の話に戻りますが、抜いてスッキリしたまではよかったのです。ところが、治療代が5千円を超えたのにはビックリ。上司も私も骨をぬくのに、こんなにかかるとは知らなかったので、笑い事ではすまなくなってしまいました。なんだか2人して笑っていいんだか、泣いていいんだか。みなさんも骨が喉に刺さらないように、よくかんで、きちんとわけて食べてくださいね。
おまけ
同じような簪で、神戸の骨董市からやってきたモノをご紹介します。提灯はガラスでできています。
『ナンダロウアヤシゲな日々 本の海に溺れて』無朋舎出版発行
著者:南陀楼綾繁
文章を書くことは、「仕事」というより「私事」という、カリスマチャンネルでもおなじみの南陀楼さん。1つ年上の島根県出身です。鳥取県出身の私にとっては、とても身近に感じる先輩で、たいへんお世話になっているのでした。そんな南陀楼さんが、今までいろんなところに書いてきた文章を1冊にまとめられましたので、ご紹介します。
誌面で読む彼の文章は、とてもあたたかい。ミニコミが大好きで、古本、新本ひっくるめて本が大好きで、本をつくる人、この業界がとても好き。そんな気持ちが、どこから読んでも伝わってきます。「本が売れない」とか「活字離れ」といわれる今日にあって、本を中心?とした南陀楼綾繁さんの世界を満喫できる、本好きの人には、ためになる1冊です。
そして、奥様である内澤旬子さんの装丁・イラストが実にイイ! ご主人をキャラクター化し、ページの隅っこで、どんどん本の波に押しつぶされていくパラパラ漫画は、すごく笑えます。これ、当たり前ですけど1枚1枚書かれたんですよね。カバーも凝っているし、売られている書籍なのに、手づくりみたいな。本としてもあたたかいというか。まずは、みなさんも書店で手にとって、パラパラしてみてください。
2004年6月21日更新
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