1月某日
浅草ニテ往時ノ繁栄ヲ幻視シ
古本市デ大物ヲ得ル事 |
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肌寒い日の朝、西日暮里駅前から「草63」の都営バスに乗った。荒川区役所前から三ノ輪を経て、浅草雷門前に至るこのバスは、ぼくのお気に入りで、車窓からの風景を眺めているだけで飽きるコトがない。今日も途中にあるレストラン(「魂のカレー」を売り物にしていたが、客の姿を見たことがない)が潰れたのを確認したりしているウチに、浅草六区の停留所に到着した。
降りたところに、「つくばエクスプレス」の浅草駅の入口があった。へえー、こんなトコロにあるのか。昨年8月にオープンしたこの路線に一度は乗ってみたいのだが、まだその機会がない。つくば市から秋葉原へというのは、正直云って、あまり縁のないルートではある。この辺りに駅ができたことで、人通りが増えたというコトもあまりなさそうだし。
昼前だが腹が減ったので、〈ROX〉の裏にある〈階来〉へ。「最も安いスタミナの素 ぎょうざ たんめん」というコピーとペンギンのイラストの看板が、適度に古くさくて好きだ。看板のオススメにしたがい、タンメンを食べる。野菜がたっぷり乗っていてウマイ。この店はギョーザもチャーハンも安くて美味いので、ときどき寄っている。
それにしても、平日の昼間とはいえ、六区の大通りは閑散としている。いま読んでいる堀切直人『浅草 戦後篇』(右文書院)には、昭和30年代以降、新宿や渋谷に若い客を取られ急激に「地盤沈下」していく六区の姿が描かれている。1986年に松竹演芸場の跡に建てられた〈ROX〉は、「中高年の街と化した浅草六区周辺へ若者を呼び戻そうとする企て」だった。当時、このファッションビルは「浅草のイメージと違う」と云われたが、いまではむしろ、周囲の店のほうが〈ROX〉に合わせて改装している。そこまで変えたのに、相変わらずヒトの姿は見られない、というのが、浅草六区の哀しいところであり、ぼくがときどき足を運びたくなるところでもある。
しばらく六区をブラついてから、〈松屋〉へ。恒例の古本市が行なわれているのだ。ココの古本市は、新宿や渋谷のと違って、どことなくのんびり構えたところがあるし、江戸・東京関係の本が多く見つかるので、好きだ。1時間ほどかけて会場を回る。『写真時代』『写真時代21』『写真芸術』『サンジャック』などの1970〜80年代の「サブカル系エロ雑誌」が一冊500円、梅崎春生『B島風物誌』(河出書房)カバー破れが500円、上林暁・幸田文など13人を取り上げた濱川博『現代のアウトサイダー』(文京書房)735円、「名門私立女子高校」を特集した『太陽』1980年2月号が300円、など。
しかし、ナンといっても今回の収穫は、目録注文した板祐生の『髫髪(うない)歓賞』全6冊、2万5千円だ。板祐生は鳥取県西伯郡西伯町(町村合併により現在は南部町)で、孔版画を描き、謄写版で印刷の冊子を発行した人物。ポスター、手ぬぐい、マッチラベルなどのコレクターでもあった。ぼくは数年前から、祐生のコレクションを所蔵する〈祐生出会いの館〉(http://www.town.nanbu.tottori.jp/p/kanko/yusei/yusei1/)に何度か通っており、資料調査もさせてもらっている。祐生の冊子でいちばん長く出たのは『富士乃屋草紙』だが、昭和8年から10年にかけて刊行された『髫髪(うない)歓賞』6冊も、完成度の高いものである。今回出たのは、あるコレクターからまとめて出た郷土玩具関係の資料のナカにあったもので、全冊をまとめたオリジナルの秩をつくり、さらにそれを和紙で包んでいる。どちらにも手書きの題箋が付けられており、愛情が感じられる。久しぶりに、大物を獲たという気がして、ウチに帰ってから何度もなでてしまった。
地下鉄銀座線に乗ろうと、松屋の向かいの商店街の、床屋のヨコにある奇妙に狭い階段を下りる。改札口までの50メートルほどの通路に、床屋や焼きそば屋など、数軒が営業している。昼間なのにビールを飲んでいる男がいたりして、闇市チックな風情だ。ぼくも仕事なんかせずにこの雰囲気に埋没していたい……と一瞬思ったが、いちおう社会人なのだからと云い聞かせて、渋谷行きの地下鉄に乗り込んだ。
2006年2月16日更新
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