9月某日 下北沢デ音楽喫茶ニ出会ヒ、三十年前ノ街ト人ヲ想フ事 |
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渋谷と下北沢、吉祥寺。いずれも、昔からなんとなく親しめない街である。理由はふたつ。まず、若くてカッコいい(ように見える)連中がたむろしているコトだ。10代の頃から、そういう方々に混じることなく(混ぜてもらえずに)生きてきた身としては、彼らの視線がコワイ。まあ、実際のところは、路傍の石並みに黙殺されているのだが。もうひとつの理由は、街の変遷についていけないコトだ。来るたびに店が消えたり出現したりしているから、いつまでたってもなじめない。それで足が遠のいてしまい、ますます取り残されていくワケだ。
しかし、渋谷はともかく、このところ、下北沢と吉祥寺にはやたらと来るコトが多くなった。目的はライブハウスか映画館。どちらも、わざわざ足を運ぶに足る、魅力的なライブや特集上映が多いのだ。で、しかたなくやって来て、用事が終わるとさっさと帰っていく。せいぜい古本屋に寄るぐらいだ。
そんな、「短期滞在の街」下北沢で、今日はわりと長く過ごしてしまった。映画を観にきたのだが、かなり早めに着いてしまったのだ。しょうがないから、ブラブラしよう。まず、いつも覗く、〈幻游社〉へ。ココは通りの喧騒がウソのようにひっそりと営業している古本屋だ。文学や映画のちょっと珍しい本が、かなり安く買える。残念ながら、今日は手ぶらで店を出る。その先へ100メートルほど歩くと、道がいくつかに分かれている。いちばん大きい道を進み、右に曲がったトコロに、新しく古本屋ができているハズだった。〈気流舎〉という店で、7月には施工中の店舗でトークイベントをやっている。いくらなんでも、もうオープンしているだろうと覗きにきたのだが……まだ、工事中だった。すべてを自分たちでつくっているらしいから、時間がかかるのもしかたない、か。また来てみよう。
駅のほうに戻り、今度は、さっきの道の一本裏通りに入る。たしか、この辺にインディーズに強いレコード屋があったと思う。おぼろげな記憶で歩いていると、〈ハイラインレコーズ〉という看板を発見。カフェが入っているビルのらせん階段を降りて、店に入る。店員は二人とも女性。客もなぜか女の子ばっかり。3人組が入り口のソファに座って、バンドの写真かナニかを見ながらキャッキャ云っている。あるいは、「今度、DJイベントやるんで来てね」なんて会話が交わされている。こういう雰囲気が、苦手なんだよなあ。それでも、ココの品揃えはなかなかのモノで、30分ばかりかけてじっくり見て回った。買ったのは、ネタンダーズの[ネタンダーズ][サマーセッツ][ロックンロール/ワルツブルー]、ぱぱぼっくす[花降る午後]、おばけじゃ〜[満福語]、朝日美穂[Apeiron]、Jantarmantar[Jantarmantar]、ナゴム・レコードのシングル集[ナゴム・ポップス・コレクション]の8枚。いずれも、〈タワーレコード〉などでは見つからなかったもので、これだけまとまって見つかると充足感がある。もっとも、財布は寂しくなってしまったが……。
そのあと、茶沢通りに出て、〈ディスクユニオン〉を覗き、その先にある、〈古書ビビビ〉というヘンな名前の古本屋へ。バラックみたいな建物で、外には大量に安い本が出ている。店内は、土地柄を反映してか、映画、音楽、演劇、アート、コミック、エログロなどという品揃え。面白い本を置いていると思うし、これまで何度か来ているのに、いまだに買ったコトがなかった。今回もざっと眺めて出るつもりだったが、小泉喜美子『時の過ぎゆくままに』(講談社)1000円が目にとまる。スタイリッシュな文章を書くミステリ作家で、酔ってバーの階段から落ちて亡くなったヒトだ。ビニールパックされているので、レジで中身を確認させてもらう。没後に出た未読の短篇集だったので、購入する。
すぐヨコに劇場〈ザ・スズナリ〉があり、その隣が〈シネマアートン下北沢〉。日本映画の埋もれた作品を上映してくれる映画館だ。いま、鈴木英夫という監督の特集をやっていて、今日は《魔子恐るべし》(1954)を観た。八ヶ岳から東京に出てきた少女(根岸明美)が、知り合いの画家を探すハナシ。ヤクザ役の森繁久彌がギラギラして精悍だった。脚本は作家の梅田晴夫(『グーグル進化論』がヒットした梅田望夫の父)だが、主人公があっちこっちを動き回るだけで、どうもピリッとしないので、途中で熟睡する。ラストになっても、その画家と会えずに、「何処へ行く魔子!」というテロップが出て、おしまい。なんというか、感想に困る凡作であった。
踏み切りを渡って、北口へ。角っこのビルの二階にある〈音楽喫茶 いーはとーぼ〉へ。4、5席しかない小さな店。30年前からあるという。会話よりも音楽を大切にしている、との貼り紙があるが、それが押し付けがましくない。ちょうどイイ音量でジャズが流れている。コーヒーも美味しい。下北沢には〈マサコ〉というジャズ喫茶があってよく行くが、ときどき客がうるさいときがある。この〈いーはとーぼ〉では、客が静かに思い思いに時を過ごしている。なんか、下北沢で初めて安心できる場所を見つけた気分。田沢竜次『東京名画座グラフィティ』(平凡社新書)をココで読了する。1960〜70年代の新宿や渋谷にあった名画座の記憶を再現する同書を読みながら、30年前、この席にはどんな客が座っていたんだろうと思う。そして、その頃の下北沢はどんな街だったのだろう。ずっと馴染めなかった下北沢だが、この店を基点にして、改めてこの街との関係を築くことができるかもしれない。
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南陀楼綾繁の新刊
『路上派遊書日記』
(右文書院)
本体2200円+税 |
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ある時は大量の古本を買い込み、ある時は安居酒屋にしけこみ常連客の話に聞き入る、またある時はイベントを主催し大いに盛り上がる……仕事と私事の間をあっちへふらふら、こっちへふらふらのナンダロウ的生活。ブログ「ナンダロウアヤシゲな日々」の2005年分から精選し、300項目の注釈を付す。[巻末対談]南陀楼綾繁×畠中理恵子(書肆アクセス) |
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2006年9月28日更新
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